ぺナン島にあるコーンウォリス要塞に行って感じたこと

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ペナン島ジョウージタウンにあるコーンウォリス要塞は、歴史に興味があれば気になる場所。
初めてペナン島に上陸したイギリスの貿易商フランシス・ライトが作ったというコーンウォリス要塞は、当時のまま残されています。
せっかくジョージタウンの近くに来ましたから、立ち寄ってみることにしました。


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1、ジョージタウンから海に向けてある要塞

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ジョージタウンの中心から最も海寄りにあるのがこの要塞。バターワースへのフェリー乗り場や、リトルインディア、セントジョージ教会などからも徒歩圏内で行けることもあり、できれば立寄りたいと思っていました。それで前に来ましたが、料金が結構かかることがわかりました。



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料金は20リンギット(560円)かかります。少し前までは2リンギットだったそうですからいきなり10倍に上がってます。調べたところ2015年からそうなったようで、所有権が政府から民間になったからそうです。果たしてそこまで払う価値があるところかどうか迷いました。でも今度いつペナン島に行けるかわかりません。そこで一度は見ておきたいと思いましたから入る事にしました。



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2、要塞の歴史を確認

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コーンウォリス要塞は、1786年に作られた要塞で、イギリス東インド会社に所属していたフランシス・ライトによるものです。
彼がペナン島に来るまでは、クダ王国が支配していました。この王国はタイ国境にある現在のケダ州のあたりを中心い栄えていた王国で、イスラム化した王国でした。古くからマラッカ海峡沿いにあるペナン島には多くの商船が建ち寄っていましたが、これに目をつけた東インド会社のフラシス・ライトがペナン島占領に乗りだし、要塞を作りました。



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目的は、この海峡植民地をフランス、オランダ、海賊と言った勢力からの防衛が目的でした。
クダ王国は1791年にペナン島奪還のために兵を送り込みますが、返り討ちに合い、スブラン・プライ(マレー半島側の現在のペナン州)まで取られてしまう事態になりました。



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この時の戦いでこの要塞が役割を果たした可能制は、はっきりしません。
少なくとも1810年に現在の要塞の形が出来上がりました。その結果シンガポールのセントーサ島やマラッカのサンチャゴ砦のような重要拠点となります。

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3、観光地としては行った感想

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そんな砦に入ってみました。結論を言えば入場料金がちょっと高いという印象。
以前は10分の1で入れましたが、それなら十分お得といえるところでしょうか?

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当時のまま残された大砲は、確かに海に向けて砲門を開いたままです。
古い建物はそのままに、床の部分は芝生になっていて、そこにはあまり日本では見かけないような鳥の姿も見られました。



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ちょうどマレーシア?の女性団体観光客の姿もありました。
彼女たちはとにかく楽しそうでしたが、要塞に対する見方が私たちと違うのでしょうか?

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4、ペナン島がシンガポールに似て非なる気が

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ということで要塞を見てきました。シンガポールとマラッカと並んだ重要な場所と位置付けられており、どことなくシンガポールと重なって見える所があります。
シンガポールはマレーシアから独立して、いろいろ言われましたが有能な指導者がいたためにマレーシア以上に発展しました。



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シンガポール同様、華僑の比率が高いとされるペナン島は、シンガポールと同じ運命を歩まなかったのは指導者のことや前後の政治状況などいろいろな要因があると思いますが、
想像で「たられば」を考えると、タイ国境にも近いのでまた違った姿になったのではと、要塞にある大砲を見ながら考えてしまいました。

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投稿者: kumakuma2018

東南アジア10ヶ国中、ブルネイを除く9カ国に渡航経験があり、15年以上前からほぼ毎年渡航していて、日本で東南アジア料理店を経営しています。

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